私が生まれたのは高度成長期真っ只中の昭和39年でした。
中学校の頃から親父の仕事の手伝いをするようになり、いわゆる丁稚奉公のようなことをして成長しました。近畿大学を卒業した時には、景気も良く就職先は引く手あまたの状況でしたが、大学入学時から家業を継ぐこと決めていましたので、卒業後すぐ22歳の時からロック業界に携わるようになりました。昭和62年のことです。
丁稚はしていましたが製品の名前、仕様など細かいことは全くといっていいほどわからなかったので初めは美和ロックのカタログを毎日のように見て勉強しました。福山の本社で勤務し、常に最前線でお客様に接し、接客方法・錠前の取扱、種類などを実践で学びました。また、電気錠システムも広く普及し始めた頃だったのでシステムの勉強もしました。
この電気錠システムが厄介で一つ失敗すると訂正するのに金額がかなりかかるということを思い知ったこともありますが、ハイリスク・ハイリターンの仕事に魅力を感じ、このシステム工事を自分の得意分野にするために勉強、経験を積んできました。また同時に扉の勉強もし、サッシ図面の見方、扉の構造も材質を問わず覚えることもしました。
そうした中、岡山営業所を任されることになり岡山営業所を開設したのが、今から11年程前です。
初めは駅前の雑居ビルの3階に事務所を借りて営業をしていましたが、3年ほど経過した頃どうにか軌道に乗り始めたので「中・四国地方で一番広いお店を作ろう」と考え店舗探しを始めました。それから1年ほど経過した頃今の店舗を見つけすぐ親父に相談、許しが出たので現在の店舗に移転しました。
現在店舗をショールームとして総合的にセキュリティ全般を扱っているので、お客様からはなんでも相談をされることが多く、何事も断らない、またそれに応えることが仕事が絶えないことに繋がると思っています。曲がったことが嫌いな性格か、理不尽な押し付けをしてくるお客様には正論で話をすることが多く、そういったお客様は一旦離れることありますが、廻りまわってまた自分の会社に戻ってこられます。自分はただごますりをするかぎやでは無く、お客様・業者様が持っていない知識と技術を持って仕事をしているといった信念を持ってお客様に対応することが、この業界には時に大事に思います。
自惚れや過信はもってのほかで、常に謙虚で目先の安さで勝負するのではなく、あくまで知識と経験、技術でお客様の信頼をつかむことで錠前取扱業者の社会的地位を上げることを常に考えています。また、錠前メーカーにはもっと勉強と「自分たちはもの造りのプロフェッショナルでもあり、サービス業者でもあることを常に考えてほしいと常々思っています」。ともすれば業者販売のみ考えてエンドユーザーの気持ちを無視するようなことを見聞きするたびこの思いは強くなりますね。
店舗をいつも任せられる奥さんがいるので、私は安心して仕事に出られます。たぶん私がいなくても会社は大丈夫でしょうが、奥さんがいないと大変なことになる、と感じているカギ屋さんは、他にもいらっしゃるのではないでしょうか。仕事の依頼があれば他県でも赴きます。広島へ行くよりも四国に渡ったほうが早いところもあります。どこでも行きますよ。
さて、趣味となりますと、休みの日に子どもと模型を作ったり、釣りに行くことでしょうか。また、家族旅行も趣味といえばそうなのかもわかりませんね。旅行のプランなどを考えていると「わくわく」するのは子供の頃と変りませんからね。
将来の夢は全国のかぎやさんの社会的地位が今よりもっと上がり、みんなが胸を張って「かぎやです」と自慢できる職種になることが夢ですね。
それから私の両親には自由気ままに旅行に行ったり、好きなことをいっぱいして欲しいですね。これまでの苦労も忘れるくらいの楽しい日々を過ごしていただきたいと思っております。